「失敗した自分はダメな自分」っていう自分の叱り方はね、間違ってますよ

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( ・ω・)<先日掲載したエントリーで、
「失敗は悪いこと」という考えに自分を殺されないよう、
こちらが先にその考えを殺しておく必要がありますと書きました。

すると先週、ツイッターにてこのような質問をいただきました。

 

 

「失敗はダメな事という意識をこちらから殺す」という事について伺います。
うだまさんは、どう戦い、どう勝利されたのでしょう。
ブログでその辺りをぜひ、続編希望です」

 

確かにおっしゃる通り、この考えを殺害するのはえらい大変なんで、
このように疑問に思うのも無理はありません。

 

えっとですね、「失敗は悪いこと」という考えを
自分の中からデリートしようとした際にてこずってしまう方はですね、
まぁぶっちゃけコレ私がそうなんですが、
「失敗したらもう終わりだよ」と、その考えを植え付けた人物が、
自分の人生の中に登場しているはずです。

少なくとも、自分の中で自然発生する考えではありません。その考えは。

 

それは親かもしれないし友人かもしれないし
先輩かもしれないし親族かもしれないし上司かもしれないし
教師かもしれないし知人かもしれませんが、
とにかくその考えを植樹した人が確実にいます。

 

「失敗したらもう終わりだよ」という考え方を、
あなたに教え込んだ人物は非常に卑怯だと私は思います。

 

私の場合は、コレ、学校の教師たちだったんですが、
まーとにかく私は教師と言う生き物に毛虫のように嫌われる人間だったもので。
陰湿な嫌がらせも正直受けたことがあります。といっても小学校の時限定ですが。

 

あのね、「失敗したらもう終わりだよ」っていうセリフは、
いつだって否定することができない卑怯なセリフなんですよ。




そのセリフを受け取ったあなたが、もし本当に失敗した時、
その卑怯者は「ほらね、失敗した。だから言ったでしょう?」と
的中させたことをドヤ顔で語るし、
逆に失敗することなくあなたが成功したら
「まぁ予言がハズれてよかったね。
でもどうせ、そのうち失敗するだろうよ」と
いつか必ずあなたがするであろう失敗をじっと待ち続けるんです。
失敗しない人間なんかいませんからね。確実にその時は来ます。
「絶対に降る雨乞い」と同じ論理です。 

 

だからこそ、このセリフは卑怯なんですよ。
成功しても失敗しても、
どっちに転んでも「失敗したらもう終わりだよ」っていうセリフを、
あなたが否定してつっぱねるチャンスは永遠に奪われているわけですから。

これが卑怯でなかったのなら何が卑怯だっていうんですかって感じですよマジで。

 

だからこそ、「失敗は悪である」という考えは
常に否定されない位置にあるからこそ、
この考えを完全に殺害しきることは非常に、非常に難しいわけです。

 

じゃあどうやってこの考えに立ち向かい、戦うのか。
これ、ウマイやり方はたーっくさんあると思うんですが、
私が選んだやり方は、「とにかく失敗しまくって、
その失敗の中から成功っつー宝石を見つけること」でした。

 

とにかくさ、土俵すらなかったんですよ。私の場合は。
失敗が怖くて怖くてなーんもできなくて。
HPが足りないとかMPが足りないとか
装備が不十分とかレベルがまだ5しかないとか
そういう段階ですらなく、とにかく土俵がなかった。
戦うための舞台が私には用意されていませんでした。

 

だから、先に土俵をね。作ることにしたんです。
土俵の材料は、「失敗」大さじ500と、「成功」小さじ1/2です(適当)。


 

 

先日のエントリーにも書いたのですが、
「質は数の中にしか存在しない」んですね。
たくさんの量をこなして、たくさん失敗して、
初めて質が担保されたものを生み出せるわけです。



だからとにかく数をこなす。こなしてこなしてこなしまくる。
その中に、まぁ偶然の場合もありますが、
成功という名のちーさくてキレイな宝石が埋もれてたりするんです。

 

 

その質が担保された成功っていう宝石を見つけて初めて、
質が宿らなかった数々の「量」たちに、ありがてぇなぁって思うことができるんです。

 

つまり、自分の失敗に感謝することが、
初めてできるようになるわけです。
それってつまり、失敗した「ダメ」な自分を愛してやれるっちゅーことなんすわ。




まぁ「失敗するのが怖くて失敗できないのに
これから安心して失敗できるよう、失敗しまくる」って
なにそれもうどないせーちゅうねんっと、
ツッコミがきそうですが、もうね。
有吉さんじゃないですけど、やるしかないから、やるしかないんですよ。




悔しいって思いませんか?
「失敗は悪だ」とあなたに植え付けた人間に対してすさまじい憎悪を覚えませんか?
失敗が怖くて本来ならば手にしていたはずの成功を
このまま一生みすみす見逃すだなんてバカみたいって、そう思いませんか?



私の場合は、失敗に立ち向かった際に使ったガソリンは、憎悪でした。
失敗は悪と私に教え込んだ人間に対する憎悪。
憎悪ってね、扱い方間違えるとアカンことになりますが
こうやってガソリンとして利用すると、案外便利なもんですよ。
すげースカっとしますよ。最後。すっかり憎悪を燃やしきった瞬間。




多分ね、多分だけど、
失敗は悪と教え込まれたあなたが、
失敗したとき、「何て自分はダメなんだろう」と自分を責めたと思うんです。




でも、あのね。「失敗した自分はダメな自分」っていう
自分の叱り方はね、間違ってますよ。

 

自分が逃げだしたら叱ってやってください。
サボったら叱ってやってください。
諦めたり、投げ出したり、手を抜いたり、
そういうことを自分がやらかしたら、叱ってやってください。

 

でもね、失敗した時に叱らないでやってください。
勝てなかったからって叱らないでください。
よく頑張ってね、お疲れ様って、ほめてあげてください。
精一杯頑張ったんですから。
せめて、一言、頑張ったねって、ほめてあげてください。


 
 



「安心して」失敗できる環境がないと、人は何もできません。
その環境を、周りの優しい人たちが提供してくれることももちろんあります。
が、そうでない場合もあるんですよ。
そういう状況に自分がたった時、もう頼りになるのは自分しかいないんすよ。




だから、あんまり自分を追い詰めないでください。
叱ってあげるのは良いことですが、
失敗した時だけは、叱らないであげてください。



心無い人があなたに植え付けた、「失敗は悪」という考えを、
あなたが無事に殺せますように。



その考え、無事におっちんだら、盛大に葬式開きましょうよ。
キレイに着飾って、おいしーもん食べて、大好きな音楽をかけて。
盛大に葬式開きましょうぜマジで。

私も出席するから、その時が来たら是非呼んでくださいね。
開催場所が遠かったら行けないんで
画面の向こうからひたすら秒速50枚くらいの速度で
猫画像送りつけるからヨロシク。

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