背骨のあるアメーバになりてぇ

スポンサーリンク

( ・ω・)<私ね、日々思ってるんですけどね、あのね、私ね、「背骨のあるアメーバ」になりたいと思ってるんです。もちろん比喩として。

こないだのエントリー「読んだ本が自らの血肉となるまで」にてご紹介もしましたが、読んだ本が、血肉になるには、

①information(情報)
②knowledge(知識)
③intelligence(知性)
④commodity(日常性)
の4ステップをふむんですね。




で、本で得た情報が自らの血肉となりcommodityの段階に達したとしてもそれで終わりではないんです。獲得した知性が最終的に到達した「commodity」は素晴らしいもんですがそれに固執してしまってはつまんないです。
 

人間ってのは日々変化するもの。あえて、「成長」とは言いません。「成長」としてしまうとその言葉に甘えてしまって、自分がすべき努力を見失うかもしれないからです。 




もちろん、変化する、そして変化し続けるっていうのはえっらい大変ですよ。つらくてしんどくてめんどい。
でもね、それで良いんです。そういう変化で正解なんですよ。
抵抗とアンビバレンスのない変化なんていうのはね、幻想なんです。
そんなもん、あってナンボなんですよ。変化っていうのはしんどいんです。めんどいんです。
でも、価値あるものっていうのは「しんどさ」とか「面倒」の中にこそあるもんです。






変化し続けるっていうのはすごく素敵なことだと私は思ってるんですがただただ変化するのではいけません。
確固とした自分の「芯」を持った上で、
アメーバのようにウネウネと変化したいなぁって、そう思うんです。
たとえて言うならば背骨のあるアメーバですよ、背骨のあるアメーバ。

別にアメーバじゃなくてもいいです。ぷよぷよでもメタモンでもいいんですが
とにかく背骨があるアメーバになりたいんですよ。




背骨って何か。私の場合、背骨とは「構造」と「信念」だと思っています。



構造っていうのは、あるものを構成する要素間の関係が普遍であること。

一定の関数として表現できるもののことですね。
具体的に言うなれば、私が大切にしている構造って何かというと、
「自分の生み出した猫のコンテンツで、読者に笑ってもらう」ということなんですね。




私が書いている猫記事や猫漫画は、この構造を骨子にして肉付けされたコンテンツなんです。
そして、信念とは何か。
これは、先日のエントリー「三方よし」でも書きましたが、
「書き手、読み手、そして猫の三方向に、利点があるということを厳守する」
ってことが私の信念なんです。



書き手にだけメリットがあってもダメ、読み手にだけあってもだめ、この3者全てに利点があってこそ、記事が成立すると思っています。この①構造と②信念を背骨としたアメーバに、なりたいんすよ。日々学び、日々努力し、日々変化するアメーバに。時々疲れたら休憩して美味しいもん食べてちょっと軽く眠ってほんでまたアメーバに戻る。しんどいし面倒くさいことかもしれませんがね、今、膝に猫ものってますし、デスクには大好きなエスカップもありますし、洗濯物も干し終わってだいたい家事終わりましたし、さて、今日もちょいと頑張ろうかなぁと思います。
スポンサーリンク
スポンサーリンク